地デジ電波を電気エネルギーに変換~資料2

 ~地上デジタル放送の電波を電気エネルギーに変換する技術の研究~

金沢工業大学工学部教授の野口先生にエネルギーハーベスティングについてお話を伺いました。

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写真1 金沢工業大学

 

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写真2 野口先生の研究室

 

 野口先生の研究テーマの一つに、地デジ用周波数の電波をターゲットとしたエネルギーハーベスティング用高インピーダンスアンテナの開発があります。

 電波をエネルギー源とするには、一定程度の電界強度を有する電波が空間に存在しなければなりません。日本国内で見れば、やはり広範囲で強い電波を常時発射しているのは放送局でしょう。

 その他に利用できそうな電波としては、携帯電話やWiFiの電波がありますが、これらは基地局から常に強い電波を発射している訳ではありません。必要な時に必要な強度で電波を発射しますので、その変動は大きいものです。従って、安定したエネルギー供給という意味では、放送局に軍配は上がりそうです。

 野口先生は、放送電波の中でも、現在、地デジで使われている電波をターゲットに研究されています。

 我が国の地デジ用の使用周波数帯は、470MHz~710MHzの範囲で、例えば東京スカイツリーからはNHKとキー局5局がそれぞれ10KWの電力(実効輻射電力は69KW)で電波を送出しています。

なお、東京スカイツリーからはこの他FM放送局の電波(80MHz付近:NHK・J-WAVE 7KW ERP57KW)も出ています。2015年12月からはFM補完中継局3局(出力7KW)の電波も加わりました。

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図1 アンテナからの距離と受信電力\ダイオード閾値目標

 

 このような空間を満たす電波をエネルギー源として利用するには如何に効率よく電波を捉え、その捉えた電波を電源へと変換するかが課題となります。

 現在、同大学では、次の三分野の専門の先生が共同で研究を進めていらっしゃいます。

 【1】 アンテナ設計 野口啓介先生(金沢工業大学工学部教授)

 【2】 回路設計   伊東健治先生(金沢工業大学工学部教授)

 【3】 デバイス設計 井田次郎先生(金沢工業大学工学部教授)

 地デジ電波を利用するエネルギーハーベスティングで核となるレクテナ(rectifying antenna)は、回路図だけ見れば非常にシンプルです。

 しかし、放送波という極低入力環境における高効率整流技術の開発にはまだまだ大きな壁が立ちはだかっています。それぞれの分野からの深い考察と相互協調が欠かせない状況です。

 次に、お伺いした3つの分野の研究開発ポイントを取りまとめてみました。


【1】アンテナ設計

 エネルギー源は、地上デジタル放送の電波です。できる限り多くのチャンネルのエネルギーを取り込むため、同調型アンテナとしては、受信周波数の広帯域化が求められます。また、後述の整流回路との整合性を改善するためには高インピーダンス化が必要とのことです。更に、アンテナ形状としては利用形態を考慮し、小型化、軽量化、無指向化などが目標となっています。

 これらの要件をまとめると、次のとおりです。

   ① 広帯域化

   ② 高インピーダンス化

   ③ 小型軽量化

 今回拝見したアンテナは2種類ありました。一つは、ダイポール型アンテナです(写真3)。

 

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写真3 ダイポール型アンテナ(長さ約25cm)

 

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図2 VSWR特性(ダイポール型)

 

 このダイポール型アンテナの周波数帯域幅は、VSWR2以下で約178MHzの特性を有しています。6MHz幅の地デジ電波ですと、約30チャネルカバーすることができます。

 これだけ広帯域ですと全国どの地域でもローカル放送局全チャネルをカバーできそうです。インピーダンスは2kΩを達成しています。

 写真4は、ICカード型アンテナです。ICカードサイズに小型化し、指向特性も無指向に近いものです。

 

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写真4 ICカード型アンテナ(長辺の長さ約8cm)

 

  受信帯域幅は24.5MHz、インピーダンスは2kΩを確保しています。

 

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図3 VSWR特性(ICカード型)

 

 このサイズで、この特性を確保できるならば、実用化も近いのではないかと感じました。

 

【2】 回路設計

 レクテナ用の整流方式はコッククロフト・ウォルトン式が採用されました。この回路は、高圧電源を得るときに便利な整流回路です。更に多段化すると超高電圧を得ることができます。

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図4 3段コッククロフト・ウォルトン整流回路

 

 実際の実験では、この整流回路の段数を変えて出力電圧や整流効率を測定しています。

 

【3】 デバイス設計

 整流用ダイオードは、ショットキーバリアダイオード(SBD)、PN接合ダイオード(PND)、ゲート制御ダイオード(GCD)が検討されました。当初の実験では、SBDが使われていましたが、現在、GCDによる実験が進められています。

 GCDは、集積化し易い、周波数応答が早い、接合容量が少ないなどのメリットがあり、閾値の最適化ができればレクテナ用の有力なダイオード候補になるとのことです。

 

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図5 GCD(ゲート制御ダイオード)の構造

※ SOI (Silicon on Insulator) は、CMOS LSIの高速性・低消費電力化等を向上させる技術

 

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図6 各種ダイオードのIV測定結果(閾値特性)  

 


 

 【1】~【3】の研究成果として、2014年に試作されたレクテナが写真5です。真ん中に黒くみえるものが整流素子、負荷抵抗などです。

 

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写真5 2014年度開発のレクテナ

 

 構成図は図7のとおりです。

 

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図7 500MHz帯微弱電力レクテナの構成図

 

 測定結果を既発表の文献値と比較すると、図8のようにトップクラスの値を示しています。特に低入力レベルでの特性が優れており、弱電界エリアでの利用の道が大きく開けてきそうです。

 

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図8 開発したレクテナの測定値と文献値との比較

 

 写真6,7は実験室です。大変恵まれた環境下で、今後の更なる研究成果が期待できそうです。

 

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写真6 実験室の測定器類

 

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写真7 電波暗室

 

 実際のセンサーネットワークの活用例としては、図9に示すようにヘルスケア、農業・環境・災害モニタリング、ビル、橋などの構造物管理などの分野が想定されています。

 今後、センサーネットワークの利用拡大に伴い、レクテナを含むエネルギーハーベスティング技術の活躍の場が広がって行きそうです。

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図9 センサーネットワーク例

 

 最後に、野口先生に将来的な目標をお尋ねしました。

 

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写真8  電波暗室にて

 

 レクテナについては、

  ① 他の周波数帯の検討(AM放送波など)

  ② 極低入力でのさらなる高効率化(バックワード・トンネルダイオード利用など)

 また、センサー等を含むシステム全体としては、

  ① 想定するレクテナ搭載機器の消費電力試算

  ② 具体的な利用システムに対応したパワー・マネージメント回路の検討

 などです。

 

 今後、極低入力環境RF発電での高効率整流方式の提案を行うとともに、この研究開発が日本の半導体産業の発展に貢献できたら嬉しい、とおっしゃっていました。

(注) 写真3~5、図1~9は、野口先生から頂戴した説明資料から引用させていただきました。

 


 

 今回、エネルギーハーベスティングという広い概念の中から、地上デジタル放送の電波を活用するという新たなユニーク研究に触れることができました。

 通信・放送以外での電波利用分野の広がりを目の当たりにし、その実現がすぐそこまで迫って来ているということをひしひしと感じました。

 これからの展開が楽しみです。

(一般財団法人日本ITU協会 横田)

 




 

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#032 可視光通信 

  ☆ 可視光通信って何だろう

  ☆ 東芝未来科学館レポート ~可視光通信を利用した「ガイド端末」

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 #035 電波のエネルギー利用(エネルギーハーベスティング)

  ☆ 電波のエネルギー利用 ~環境発電の実用化に向けて

  ☆ フープラ(無電源AMラジオ)について(福井大学 庄司先生)

  ☆ 地デジ電波を電気エネルギーに変換(金沢工業大学 野口先生)

ユニーク技術(3)

 #038 バイオミメティクスとICT

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    1 弱電気魚からのヒント

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